宝島ひとり〜80年代〜90年代日本ロックバンド図鑑

主に80年代〜90年代に活躍した国内ロックバンドを紹介しています・・・
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This is a blog that introduces the rock bands of Japan from the 80's to the 90's.
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THE原爆オナニーズ

名古屋発、日本最古参パンクバンド

1982年結成のパンク・バンド、THE原爆オナニーズ

地元・名古屋では、そうとう有名な原爆オナニーズは、今日、日本に現存する

パンク・バンドとしては、最古参のバンドである

結成の源は、スタークラブのオリジナル・メンバーでもあったベーシストのEDDIEと、

ニューロンというバンドのヴォーカリストであったTAYLOWによる。

メンバーは、かなりめまぐるしく入れ替わり、ドラマーとして、

元・ブランキー・ジェット・シティ中村達也が在籍していたこともある。

84年には自主レーベル、ティンドラムより「JUST ANOTHER」

「NOT ANOTHER」をリリース。

その後は、JOJO広重(非常階段)主宰による、アルケミー・レーベルより

作品を発表。

非常階段との共同ユニット、「原爆階段」による活動も行っている。

ロックとはまた違った、ハードで骨太な音楽をやりたい、ということで

パンク・ロックを選んだ彼ら。

志の通り、芯の通った重厚な音。なのに、スピリットは、パンクそのものだ。

正直、感動する。

ヴォーカルのTAYLOWは、とっくに50代。

民間企業に勤務しながら、バンドを続けている。尊敬。

こんなオヤジ(失礼。)が、これだけのパンク・スピリットを持って

吠えているっていうのに

若いもんは、どうしちまった?

迎合して生きる方が、楽だから、何もしないかい?

一度、このライブを見てみるといい。

心の奥の何かが、突き動かされるはず。



Artist : THE GENBAKU ONANIES
Recommend Album : NEWCLEAR COWBOY

This group was formed by EDDIE and TAYLOW in 1982. who were the bassist, of “THE STAR CLUB” and  the vocalist of “NEURON”. 
This is the oldest punk band in Japan at present.
Moreover, it is one of the most important bands in independent label
in Japan.
Though The member changed frequently,
EDDIE and TAYLOW are as an original member now.

The band also has quite a few offers from overseas bands to work together with them.
They have kept an original style, and have been on the forefront of Japanese punk scene  for 20 years or more.





ゲルニカ〜戸川純

新世紀のユニット、ゲルニカ

終戦記念日の昨日、「池上彰一の戦争を考える」を見た。

それで、ゲストに出ていた長谷川京子の馬鹿っぷりにあきれたオレ。

戦争を知らない世代とはいえ、「ノウテンキニッポン」の代表選手のような

言動には、、もはや開いた口がふさがらない・・・

それとも、今の日本人はこの程度です。というのを、改めて理解させる

ために、呼んだんでしょうか?

このような人とボスニアくんだりまで取材にいった池上さんも気の毒だ。

途中から何も言わなくなっちまってたぞ・・・

それは、さておき、戦争で連想したからじゃないけど、ゲルニカ。

今もって一部のファンの間で語り継がれる伝説のユニット。

1981年、戸川純、上野耕路、太田蛍一の3人によって結成。

もともと上野のユニット「81/2」のファンであった戸川と上野が意気投合

したことから、端を発する。

まだ、レコードも出していないデビュー前からアングラ的支持を得る。

上野が好きな20世紀前半のクラシックと、戸川の好きな昭和初期の

音楽を基調とした、サウンドコンセプトは、古いようでいて

完全にオリジナルで新しい。

李香蘭とかが歌っていそうだ。

(実際、戸川純は李香蘭のファンで、歌い方も香蘭を参考にした。)

音大生だった上野が作曲を担当し、作詞を太田が担当したが、

ゲルニカがここまで、カルトな人気を得たのは、なんと言っても

戸川純の存在に拠るところが大きい。

このゲルニカでの活動が、

稀代の天才アーティスト、戸川純誕生のきっかけとなる・・・

82年に、細野晴臣が主催する“YEN”レーベルよりメジャー・デビューを果たす。

その後、戸川がソロ活動に専念するため、一旦活動を休止する。

そう、こっからが戸川純。伝説の女本領発揮。

(次項に続く)



稀代の天才、戸川純

ゲルニカが休止状態になると、戸川は本格的にソロアーティストとして

活動しはじめる。

その手始めとなったのが、84年リリースの「玉姫様」。

オンナの生理を生々しく歌い上げた表題曲で、

TVの音楽番組「夜のヒットスタジオ」に出演。

彼女のシーンが終わったとたん、苦情と問い合わせが同時に殺到したという。

ここから、「好き好き大好き」「蟲の女」「諦念プシガンガ」など

独特の世界観を持った楽曲とパフォーマンスで、カルト・アーティストの

代表的存在となる。

ソロと並行して行った、ヤプーズでも人気を博す。

(※本ブログ、ヤプーズの項、参照願います。)

そう、戸川純はスゴイ。

作詞、ヴォーカルスタイル、衣装に至るまで、

全てにおいて、突出した才能を放つ。

オレに言わせりゃ、レディ・ガガより数段格が上だ。

今の時代だから、ガガ様はもてはやされるが、早すぎた天才・戸川純は、

その後道に迷うことになる。

95年、所属事務所とのトラブルを苦に自殺未遂。

一命はとりとめたが、皮肉にも、その後実妹である女優の戸川京子が自殺した。

2000年代は、特に目立った活動はしていないが、

多くのファンが、今だからこそこの人に出てきて欲しいと願っている。



Artist : GUERUNICA    and
              featuring   JUN TOGAWA
Recommend Albim :
KAIZOU ENO YAKUDOU (GUERUNICA)
TAMAHIME SAMA (JUN TOGAWA)

GUERUNICA was a unit formed by two men and one woman in 1980.
Their sound and visual that imaged in the early Showa period 
were generated publicity.
GUERUNICA stopped an activity  after releasing the first album,
"KAIZOU ENO YAKUDOU", and JUN TOGAWA as vocal solo acted.

It was amazing album that she released in 1984
“TAMAHMESAMA"; had a peculiar outlook on the world.
Afterwards, she doesn't act as an artist.
Still, a lot of fans hope for her return.
子供ばんど
子供ばんど
ポニーキャニオン

名前にだまされちゃだめよ。

石橋凌、陣内孝則など、ミュージシャンから俳優に転向した人は

数多いが、うじきつよしもその一人。

最初から、「カルトQ」とか「ゲゲゲの女房」の貸し本漫画屋役なわけではない。

うじきつよしが在籍した子供ばんどは、1980年から88年まで活動した。

メイン・ストリームに出ることなく、記録的なセールスも残さなかったが、

ジャパン・ロックを語る上で、非常に重要なバンドの一つと言われている。

「子供ばんど」って名前に、目くらましされちゃいけないよ。

なにしろ、上手い。

全員が、ヤマハのコンテストでベスト賞を獲得するほどの実力の持ち主。

腕に自信があれば、当然だろうが、レコードセールスよりもライブに

重点を置いた活動をしていく。

このライブの回数が、スゴイ!!

全国を回り回って、デビュー1年目には、1000回、

88年解散時には、2000回を超える記録を達成。

かなりの偉業・・・・

実力に対応した、正統でエッジの効いたロックは、今聴いても

充分なカッコ良さ。

これで、今後うじきサンを見る目も変わるはず・・・



Artist : KODOMO BAND
Recommend Album : 120% PURE

Kodomo Band was a band that acted from 1980 to 88 years.
They are known as a very important band
in the history of the rock band in Japan.

It had ability that all members obtain the highest award
in the contest in the past.
In addition, they have the record of the performance
2000 times of totaling.

After they dissolved, each one acts alone,
and TSUYOSHI UJIKI who was vocalist is especially active
in the TV drama and the movie as the actor.

KATZE(カッツェ)
KATZE,KATZE,中村敦,坂井紀雄
テイチクエンタテインメント

“LOVE IS HERE”な世界を目指して

誰もが、これから絶対にブレイク間違いなし!と思っていたバンドが

突然解散する・・・

ブレイクして、人気絶頂のいい時に終わりにするっていうのは、よくある話。

が、まさにこれから時代がくるっていう直前に解散するというのは、稀なこと・・・

88年にメジャーデビューしたKATZEは、その2年前、86年に結成された。

マチュア時代から既に人気が高く、ヤマハポプコンに出場するなど

実力も評価されていた。

KATZEは、フロントにありえないほどの美形を2人も抱えていたので

当然、婦女子から注目を浴びる。

(ヴォーカルの中村敦とギターの尾上賢。特に尾上は言われなければ

女とみまごう・・・)

しかし、青春を軸にした少しクサイほどの歌が、男子ウケし、男女両方から

支持されるという、珍しいバンドであった。

きっかけは、すぐやってきた。

レコード会社は、デビュー曲をCMのテーマソングに起用させて

一気に売り出そうとした。

しかし、バンド側はこれを拒否。音楽業界の商業主義に徹底的に反発した。

・・・っていう、エレカシ並みに無骨なエピソードを持つKATZE。

ルックスも良く、実力もあり、ライブの動員数も申し分ない。

あのまま、コマーシャリズムの波に乗っていけば、間違いなく売れっ子になったはず。

それを敢えてせず、地道にライブを行い、独自に活動を続けていった。

解散の理由は、定かではないが、この反骨精神が周囲との軋轢を起こし、

そうなってしまった可能性は、極めて高い。(ような気がする)

KATZEは、デビューからわずか3年後、91年に中野サンプラザでの

ライブを最後に解散した。

ファンや音楽関係者、みんなに惜しまれながら・・・・

現在でも、KATZEを支持するファンは大勢いる。

くしくも、最後のオリジナル・アルバムのタイトルは、

「LOVE IS HERE」。

KATZEが、目指した世界そのものだなぁ・・・



Artist : KATZE
Recommend Album : LOVE IS HERE

KATZE debuted in 88, and dissolved in only three years.

Because the vocalist and the guitarist were beautiful men,
and it had had ability, it was popular from the young person.

They did not sell so much because they had repulsed
it to a commercial principle in the music business in a commercial sense.

They keep being supported by a lot of people though it dissolved.
カステラ
カステラ
エピックレコードジャパン

 女心を揺さぶる、計算しつくされた可愛さ

♪ビデオ買ってよ〜!♪

そんなこと言われても困るなあ!

っていうくらい、まだビデオがそれなりに値の張る商品だった80年代後半、

カステラの「ビデオ買ってよ」は、リリースされた。

89年にメジャーデビューしたカステラは、5枚のアルバムを発表し、

93年に解散する。

サウンドのベースはパンク。

だが、甘えた上手な男子の心情を綴った歌詞は、他のパンクスバンドと

一線を画す。

カステラ最大のヒット曲にして、代表曲でもある

「ビデオ買ってよ」に、その特徴が顕著に表れている。

♪ビデオ買ってよ、OLなんでしょ?お金あるんでしょ♪

♪お別れの記念に買ってくれるでしょ、それくらいかまわないでしょ♪

♪ぼくを一人にするなら、かわりにちょうだいビデオ、新しい彼女を作って一緒に見たい♪

年上のOLから別れを切り出されたフリーターのボクちゃんが

最後のわがままに「だったら、ビデオ買ってよ」と甘えまくる・・・

こんなこと言われたら、別れるに別れられないよ!と

全国何千人のOLがヤラレたことだろうか・・・

バブル絶頂期。女性の総合職採用が急増し、やれ雇用機会均等法だ、

と世の中がうるさくなりはじめたおかげで、女性の給料も男性と肩を

並べ始めた時期だった。

お金にモノ言わせて年下のボーイフレンドをはべらせる女も同時に急増。

思えば、すでにここから男女のパワーは逆転しはじめ、

バブル崩壊後、時代は草食系男子増加への道をたどり始めたのであった・・・

Artist : Kasutera
Recommend Album : Sekai no Goraku

Five albums are announced until majors' debuting in 89,

and dissolving in 93.

It is their biggest hit tunes, and the representative tune :.

"Video Katteyo "

Lyrics that a boy younger depended too much on

the woman senior to one in years were skillful

though it was a punk band.

GO-BAN'GS(ゴーバンズ)
 プリプリの次点、女の子バンド

札幌出身の3人娘、ゴーバンズ。

あの忌野清志郎に見出されて、デビューした。

その後も、RCサクセションのメンバーからアドバイスを受けるという

光栄至極な贅沢を享受しながら、アルバムを制作し、

88年「あいにきてI NEED YOU!」の大ヒットで

一気に知名度を上げた。

ガールズバンドとしては、その頃世間ではすでにプリンセス・プリンセスが

台頭しており、ゴーバンズの位置は、二番手という印象がぬぐいきれない。

あとは、どうにもヴォーカル・森若香織の少しキテレツなキャラクターが

災いして、全体的に一般常識があるプリプリに軍配があがっていような気がする。

でも、ドラムの斉藤光子のファンは結構多かった。

183cmという、シャラポワ並みの身長で、見栄えがしてカッコ良かったから。

その後は、「あいにきてI NEED YOU!」以上のヒットに恵まれず、解散。

解散の理由は、仲たがいしたとか、金でもめたとか、色々聞くが、

真偽のほどはわからず。

現在、森若香織はソロでライブ活動をしているとのこと。
かまいたち
 まさに、はちゃめちゃ

80年代にインディーズシーンに少しでも興味を持ったことがあれば、

誰でも名前は知っている、かまいたち。

85年に結成、91年に解散と活動期間は短いが、シーンにかなりの

インパクトを残していてっくれたことは確か。

水木しげるの妖怪がそのまま出てきたようなヴィジュアルと恐ろしいまでに

ハイテンションなステージ。

かなりどうでもいいようなきっかけから始まったバンドらしく、楽曲にメッセージが

あるとか、何かしらのポリシーがあるとか、そういったことは

いっさいない。

演奏ははっきり言って、下手だ。

特徴として、強いてあげるなら、ヴォーカルのシーナは

何を歌っているのかまるでわからない。

全曲ほぼ聞き取り不可能状態。

そういう状態であるにも関わらず、かまいたちは見ていて

非常に楽しいバンドだった。

彼ら自身が音楽を、ライブを、心底楽しんでいるのがわかるからだ。

それがこちらにも伝わってくる。だから見ている方も心底楽しい。

音楽って本来そういうものだ。

だから、これでいいじゃないか。
米米クラブ
 偉大なるエンターティンメント集団

爆風、聖飢魔?と続いたので、もう米米をやらないわけにはいかない。

まったく当時のソニーは、なんだってこんなキワモノばかり抱えていたのか・・・・

米米クラブの起源は、同じアート系の学校・文化学院に通っていた

石井竜也(カールスモーキー石井)、小野田安秀(ジェームス小野田)

大久保謙作(BON)、得能律郎(ジョプリン得能)の4人がたわむれに

作っていた楽曲から始まる。

「米米クラブ」というネーミングは、当時話題になっていたトーキングヘッズの

別ユニット「トムトムクラブ」を小野田が「コメコメクラブ」と言い間違えたことから

つけられた、というのはあまりにも有名な話。

その当時作っていた楽曲の中に「わたしコシヒカリ」(ファンの間では有名な曲)

があることから、すでに名前をもじって作曲していたことがわかる。
 
さて、この米米クラブ、かなりのおふざけから始まっているにも関わらず

あっという間に業界の話題をさらう。

チームの編成も本来のバンドメンバーに加え、石井の実妹・美奈子を加えた

バックダンサー「シュークリーム・シュ」に、ホーンセクション「ビッグ・ホーンズビー」

と大所帯なものになった。

そのステージ、ともかくすごい。楽しめる。

何しろ曲の演奏に加え、お笑い、寸劇、レビュー、ダンス・・・と何でもありの

かなりお得感のあるライブだからだ。

おまけに同じツアーでも、その都度内容が変わるもんだから、今日渋谷公会堂

に行ったら、翌週は藤沢市民会館に行かなきゃ・・・とほとんどのファンがはしご

していたから、リピーター率もバッチリだったわけだ。

そして、アート!シュークリームシュの衣装も手作り。ジェームス小野田のメイク

も毎回石井の手描き、その他すべて手作り!手作り!手作り〜!!!

・・・なもんだから、集まるファンの法もシュークリームシュの衣装を真似て

作ってきたり、ダンスの振り付けを覚えておいて、会場で踊ったりと大変な

お祭り騒ぎだった。

これだけの連帯感と一体感、熱気を生み出せるアーティストはそうそういない。

偉大なるエンターティンメント集団、米米クラブ。そうとうな手腕だ。

再結成後のステージもあの頃のままなんだろうか?

もし、そうなら絶対観ておいた方がいい!

GASTUNK(ガスタンク)
 元祖ビジュアル系?

ガスタンクは、’83年ベースのBABYを中心に結成。

ソドムほどではないが、ガスタンクもまた音楽性の変遷をとげたので、

記載しておくと、結成から前半はハードコアパンク、その後プログレッシブ

等が入り混じったハードロックへと移行した。

自分は、パンク期のガスタンクしか知らないので、ハードロックで一体

世間の反応含めてどうだったのか、詳述することはできない。

ただ、彼らが解散した’88年前後には、もう既にガンズ・アンド・ローゼス

やモトリークルーをはじめとする、LAハードロックムーブメントの波が

日本にも押し寄せてきていたので、日本のバンドが同じ土壌で

ハードロックファンの心を掴むのは難しい状況だったのではないかと思う。

(ま、推測ですけど)

が、冒頭にもあるようにガスタンクは日本で最初にビジュアル系バンドとして

認知されたという事実があり、X-JAPANやその他あまたいるそちらの系統の

バンドにサウンドも含めて大いに影響を与えた。

そういう意味では、功労者。

ガスタンクがいなかったら、X-JAPANもまた生まれていなかったかもしれない

となると、小泉元首相も彼らに感謝するであろう。

“感動した!”
筋肉少女帯 「猫のテブクロ」
筋肉少女帯
トイズファクトリー

  日本をインドにしてしまえ〜!!!!!

 “オレにカレーをくわせろ〜!!!!”
 
 とのっけからワケのわからないシャウトが度肝を抜く
 
 「日本印度化計画」。
 
 大槻ケンヂ率いる筋肉少女帯が日本列島を席巻した、1980年代後半。

 わが高校では、文化祭シーズンになるとオーケンの真似して、顔にマジックで

 ミョ〜な模様を施した輩がウロウロ・・・

 そんな光景は、ウチの学校だけだったんでしょうか???

 筋肉少女帯の魅力。それは、妙に説得されてしまうあの無意味なぐらいすごいパワー。

 「踊るダメ人間」とか「元祖高木ブー伝説」とか、もう脳幹をブチ抜かれそうな曲

 だらけなのに、気が付くと心身ともにノリノリになって引き込まれていたりする。

 筋小はパンクか?ロックか?という議論については、決着がつかない。

 ジャンル分けなどできない。

 筋小は筋小というジャンルで完全に確立しているからだ。

 ある意味すごいことだ・・・

 最近、廃盤になっていた筋小の初期新作が続々とリリースされている。

 時代が再び筋小を求めているようである。

 ちなみに、「日本印度化計画」から約20年を経た現在。

 日本では、在日インド人が急増し、ついでにインドカレー店も急増し、

 親たちはインド式教育を受けさせるべく、こぞって我が子をインド人学校に

 入学させている。

 「日本印度化計画」は、着実に進行しているようである。

 恐るべし。大槻ケンヂ。

 

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