宝島ひとり〜80年代〜90年代日本ロックバンド図鑑

主に80年代〜90年代に活躍した国内ロックバンドを紹介しています・・・
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This is a blog that introduces the rock bands of Japan from the 80's to the 90's.
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外道

“ロックとか、そういうジャンルを超えて、
自分の納得がいく音楽を作りたい”
(加納秀人)

やたらと日本人が受賞した、今年のグラミー賞。

噂じゃ、マネーに窮したアメリカが、日本人アーティストに名誉を与えることで、

ジャパンから金を巻き上げようっていう魂胆があったとか、ないとか。

だとしたら、残念だったな、アメリカ。

その後すぐ、震災が来たもんだから、日本はノーマニー。

自国の再建もままならない状態よ。

で、受賞者はというと。

矢野顕子をもうなせる腕前で、もうかなり前から、

NYで活躍してる天才ピアニスト、上原ひろみ

あと、内田光子。世界的なピアニスト且つ、

フィリップス・レーベルきっての、気難し屋さんである。

演奏直前の内田センセイのコワサは、そらあ、すげえって話。

最後に、B’zの松本孝弘ね。

B’zの曲がいいか悪いかっていう論議は、この際おいといて、

松本の技術が認められたっていうのは、めでたい。

すげえテクの持ち主だからだ。

栄えあるグラミー賞アーティストの仲間入りを果たした松本。

彼には、学生時代に憧れ、夢中でコピーしたミュージシャンがいる。

加納秀人。伝説のバンド「外道」のヴォーカル&ギタリストで、

この人に影響されたアーティストは、数知れず。

北海道で生まれた秀人は、子供の頃、結構なガキ大将だった。

小学生の時、横浜に転校するが、母親から頼むから大人しくしていろ、と

釘を刺されるほどだった。

(結局、母親の言うことが聞けず、転校先でも名を馳せてしまったらしい)

成長するにつれ、自分がこの先どうやって生きて行こうかと考えるようになった

秀人は、音楽にその道を見出す。

中学の時にバンドを始め、クラスの友達を適当に名指しして無理やり楽器を

やらせた、という。さすが、不良。

負けん気が強く、すごい才能を持つ人物に対してライバル心を燃やす

秀人は、ジミ・ヘンドリックスの演奏を初めてラジオで聴いた時、こう思った。

「すげえやつが、出てきたな。これは、オレもうかうかしてらんねえな。

こいつとは、ライバルになるかもしれないな」

数々のライブをこなし、実力をつけてきた秀人は、青木正行に誘われ、バンドに加入。

これが、後の「外道」となる。

外道は、瞬く間に人気を博し、数多くのライブイベントに出演するようになる。

長髪にキモノのような衣装でギターをかき鳴らす、秀人のいでたちは、たいそう美しく、

そのプレイを見たアメリカ人は、あまりにも完璧なブルース演奏に涙を流したという。

中でも外道の人気を支えたのは、暴走族の方々

ライブ会場は、そのテの方達であふれ、暴動も絶えなかったため、

常に警官が監視の目を光らせていたというのは、有名な話だ。

75年、ハワイのダイヤモンド・ヘッドで行われたフェスに出演。

10万人の動員を記録する。

人気・実力とも頂点にあった外道は、活動期間わずか4年で解散。

ジャパン・ロックの歴史に、永遠にその名を刻んだ。

解散コンサートでは、不良のニーサン・ネーサン達が号泣しながら、

「バカヤロウ!!なんで解散するんだ!!」

と叫んだとか・・・・

解散後も、秀人はソロで活動を続け、現在に至る。

松本孝弘をはじめ、数多くの後続ミュージシャンを生み出した加納秀人。

何物にも囚われず、自由な発想でやっていきたい、という願いを込めて、

バンドに、「外道」と名付けた。

そんな秀人の目標は、こうだ。

「ロックとか、そういうジャンルを超えた自分の納得がいく音楽を作りたい」

やってくれるさ。秀人は。これからも、きっと。



Artist : GEDOU
Recommend Album : GEDOU
                                 GEDOU LIVE

HIDETO KANOU is one of the great artist in Japan had influenced on
those many musicians.
GEDOU included HIDETO formed in 1973.
They were supported by the motorcycle gangs and
watched by the poiceman whenever they performed.
In 1975, GEDOU played in Sunshine Head Festival in Hawaii and mobilized
100,000 audiences.
After they dissolved in 1976, GEDOU immortalized themselves
with their act of Japan rock history.

か〜こ | 12:42 | - | - | - | - |
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