宝島ひとり〜80年代〜90年代日本ロックバンド図鑑

主に80年代〜90年代に活躍した国内ロックバンドを紹介しています・・・
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This is a blog that introduces the rock bands of Japan from the 80's to the 90's.
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ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
EMIミュージック・ジャパン

港のヨーコは生きている

ここ数年、8月はほとんど仕事をしないことを

モットーにしている我が輩。

海に川に博物館に映画♪

遊びまくっているうちに夏が終わっちまった・・・・。

あとはワークアウト、ヨガ、昼寝に妄想・・・。

何かと忙しい大人の女。

久しぶりにブログを開いたら、

やべえ!8月投稿数ゼロになってんじゃんか!

まあ、こんなもん更新されなくてもそうそう気に留める輩もいないんだろうが、

かりそめにもアクセスする人がいるからにはそうはいかん。

ちゃらいことぬかしながら、規律だけは守りたい日本人。

あげちゃいますよ〜♪ 何をだ!

本日のテーマはダウンタウンブギウギバンド

別に意味はないけど、思いつきで。

ダウンタウンブギウギバンドといえばこれ。

「港のヨーコ、ヨーコハマ、ヨコスカ〜」

ですよ!

横浜という地名をこの曲で初めて知ったオレとしては感慨深いものがある・・・。

メインフレーズ以外は全て宇崎竜童の語りで形成される楽曲。

リリースは1975年。当時は衝撃を持って迎えられた。(と思う)

阿木曜子による延々と連なるセリフの羅列を

腐ることなく淡々と語り続ける竜童の姿はともかく新鮮であった。

その後も数々のヒット作を送り出したが、レコード会社との対立など

様々な理由から81年、惜しくも解散。

解散してからの宇崎個人の活躍は周知の事実。

ミュージシャンのみならず、俳優としても名を馳せている。

もったいないねえ。そこで言いたい。

「あんた、あの娘のなんなのさ!」

た〜と | 19:45 | - | - | - | - |
近田春夫&ビブラトーンズ
近田春夫&ビブラトーンズ
コロムビアミュージックエンタテインメント

哀愁のムード歌謡コーラス

“人気ブログランキング”っていうのは、どこのブログサービスでもやっていることだが、

ご多分に漏れず、ここJUGEMでも、不定期に統計をとって発表している。

で、そのランキングで必ずワン・ツー・スリーに食い込んでくるのが、

“嵐”に関するブログ。

10代20代の若いオネエチャンがやってんのか、と思いきや、そうではなく、

結構イイ年した主婦の方々だったりするんだな、これが。

常日頃“チャートもランキングもクソ食らえだぜ!!!!”と息巻くオレだが、

こう毎度毎度同じ顔ぶれが並ぶと、さすがに気になって仕方がない。

後学のため、ひいては自身の腹黒い野望のため、(アフリエイトとかな)

ちょっくら覗いてみることにした。

まあ、嵐ファンであれば、誰もが喜びそうな情報とメンバーへの称賛。

あとは、世間体よく生きている奥さんたちのささやかな日常生活が綴られている・・・・

・・・これが、アクセス1万/1日超の正体か?

嵐にも奥様方の幸せな日常にもまったく興味がないオレにとってみれば、

自民党から槍玉に挙げられている民主党員の話題並みにどうでもいい内容だが、

その中にどえらいものを発見して、硬直した。

それは、メンバーの誕生日に皆で集まって、お祝いの会を開くというもの。

要するに、誕生会である。

しかも、ちゃんと本人が好きだというレストランを予約し、これまた本人が好きな

料理を注文し、かつ、プレゼントまで用意したりする。

・・・・やるの?本人いねえのに・・・・

オレが、いくらハリーが好きだろうと、チバユウスケが好きだろうと、

ロッドやらジミ・ヘンやらアクセル(昔の)に惚れ込んでいようと、それはやらねえ。

元来、内向的で陰湿な性格のオレには、奥様たちのお戯れが、まるで理解できん。

何を考えてやがるんだか。ふうむ・・・いや、待てよ。

と、ここでふと、思い出したりする。

清志郎の命日に、“COVERS”を大音量でかけていた自分を。

考えてみれば、ジョン・レノンの命日には毎年追悼集会が開かれ、

ジム・モリソンの墓前に花を供えるファンは後を絶たない。

対象が違うだけで、やってることは大して変わらない。

いや、これは人のこと言えんな。“自分で自分をボコボコじゃ”だな。

(興味のある方は、
竹原慎二のボコボコ相談室をご覧ください)

・・・しかし、誕生会ね、うう〜む・・・・なんか納得いかねえ・・・・

いや〜強いね、歌謡曲タレントは!日本人は、ほんと歌謡曲好きだな!!

だから、ブルージィなホンモノロック、受けねえんだな!!!

何が言いたいかっていうと、これが言いたかっただけなんですけど!!!!

そう。日本人の根底にあるのは、歌謡曲だ。

大衆の耳に訴え、浸透させるに一番手っ取り早いのは、これだ。

近田春夫。大衆歌謡にロック、ヒップホップなどあらゆる手法を融合させることで、

新しいジャンルの音楽を切り開こうとしてきた人だ。

”日本語ラップ”の先駆者として、近田春夫&ビブラストーンズのことは

以前書いておいたが、(ビブラストーンズの項、参照)

春夫ちゃんが、ビブラストーンズの前に在籍していたのが、ビブラトーンズ。

名前は、似てるが、っつうか、ほぼ同じだが、やってるサウンドは、かなり異なる。

母体は、人種熱というバンドで、これにほれ込んだ春夫ちゃんが加入することで、

ビブラトーンズができあがる。

メンバーは、福岡ユタカ、矢壁篤信、ホッピー神山、窪田晴男

福岡、矢壁、神山は、後に「PINK」を結成。

窪田は、脱退後、「パール兄弟」に加入する。

正式なフル・アルバムはたった1枚。

“Mid-night pianist”のみ。

半年後、4曲入りミニアルバム“VIBRA-ROCK”を発表。

作品として残っているのはこれだけだ。

昭和のムード歌謡を、ファンクにアレンジしたサウンドは、

キッチュだがグルーブ感たっぷり。

さすが、PINKの面々。この時代に、こんな洒落こいたことやっちまった。

春夫ちゃんが手がける歌詞は、その後のビブラストーンズにおける展開を

十分予測できる扇動的で、リズミカルなもの。

どうせ、歌謡曲だと開き直るのなら、これぐらい鮮やかな味付けが欲しいもんだ。

で、最後に・・・・
誕生会か。やらねえな、やっぱ・・・・



Artist : CHIKADA HARUO AND VIBRATONES
RECOMMEND ALBUM : MID-NIGHT PIANIST

They formed in 1981 included members of ex.PINK and ex.PEAL KYOUDAI
and only one group expressed Urban youth manners and customs
in  the early days of 80's with funk music.
Their unique sound was highly praised by some music maniacs
and the critics.
They released only two works and dissolved in 1984.



た〜と | 20:37 | - | - | - | - |
ザ・タイマーズ
THE TIMERS
ユニバーサルミュージック

Fight the future

偉大なる忌野清志郎が遺した数多くの功績のひとつである、タイマーズ

結成の目的は、RCサクセションの名作“COVERS”発売中止に対する抗議のためであり、

RCサクセションの忌野清志郎MOJO CLUBの三宅伸治杉山章二丸

ヒルビリーバップスの川上剛によく似た4人組による謎の土木作業員覆面バンド

という名目で、88年頃から学園祭やライブイベントにゲリラ的に出没しはじめる

非常に政治色の強い楽曲を演奏するその様は、

土木作業員というより、全共闘世代にしか見えなかったりする。

神出鬼没で、いつどこに現れるか見当もつかない。

数多くの学園祭で名を馳せたタイマーズは、翌89年にCDデビューを飾る

当然、内容は放送禁止ギリギリの過激作がずらりである。

Long Time Ago 44年前
原子爆弾が落ちてきて、何10万人もの人が死んでいったのさ
Long Time Ago 44年たった今
原子爆弾と同じようなものが おんなじこの国に次々とできている

(”Long Time Ago”)

総理大臣 なんにもはっきり言わねぇ
総理大臣 遠回しでごまかしつつ喋る
総理大臣 何だか頼りねぇの  我が国の
総理大臣 まるでプロダクションのタレントみたい
(”総理大臣”)

・・・これは、ほんの一部。原発問題を取り上げ、

体制や政治に対し、真っ向から批判した。

その後、フジテレビ「夜のヒットスタジオ」に出演したタイマーズが、事件を起こす。

”COVERS”の曲を放送禁止にしたFM東京を、「オ○○コ野郎」と、

放送問題用語で思いっきり、批判。

リハーサルをまるで無視した演奏にTV曲側も唖然。

FM東京と所属レコード会社東芝EMIは、大揉めに揉めた。

が、権力や社会体制をものともしないその姿勢に、

どれほどのリスナーが痛快に思ったことか・・・

今改めて引っ張り出して聴くと、涙が出てくる。

清志郎っていう人は、そういう人だった。

表現の自由のために戦い、社会を批判し、政治に反発した。

常に何かと戦い、何かを守ろうとしていた。

こんな人、もう二度と現れはしない。



Artist : THE TIMERS
Recommend Album : THE TIMERS

THE TIMERS was particular project by KIYOSIHIRO IMAWANO
called "King of Rock'n Roll" died in 2009.
They broke into the college festivals and played many radical songs
about a nuclear power plant or political criticism.
In addition, when they appeard on televison, they criticized a radio
station that stopped their songs on the air.
They released 3 original albums and acted irregularly untill
KIYOSHIRO died.


た〜と | 19:21 | - | - | - | - |
ツイスト
世良公則&ツイスト
ヤマハミュージックコミュニケーションズ

あんたとバラード

オレたちの姉世代を夢中にさせた男、世良公則。

オレのネーちゃんも、ダチのネーちゃんも、みんなして「世良くん、世良くん」。(実話)

(もう少し上の世代だと、ジュリー、あと、チーさまと呼ばれていた時代の松山千春。実話)

今にして思えば、典型的サル顔の世良がなんであそこまで女ウケしたのか

まったくもってナゾだが、実際女は世良に夢中だったから、仕方がない。

日本でいわゆるロックバンドのヴォーカリストが、女性ファンを惹き付け、チャートの上位

にランクインしたのは、世良が所属したツイストが最初だと言われている。

ツイストは、1977年、ヤマハのポプコンおよび世界歌謡祭で

グランプリを獲得しデビュー。

この時、演奏したのが「あんたのバラード」である。

もともとベーシストだった世良だが、ハスキーヴォイスから繰り広げる男気溢れる

パフォーマンスは、人気を博し、特に女性ファンを釘付けにした。

以降、次々とヒットを飛ばす。

「宿無し」、「銃爪(ひきがね)」、「性(サガ)」、「燃えろいい女」・・・

いずれも、ヒットチャートの上位を占めた。

これまで、ロックバンドが立て続けにシングルをヒットさせる、という前歴がなかった

日本国内において、ツイストは異色のグループであった。

ロックをメジャーの土俵に押し上げたという点において、その功績は大きい。

それほどの活躍を見せながら、バンドは1981年に解散。

ヴォーカルの世良ばかりに注目がいって、他の連中がバックバンド扱いだった

ため、ともいわれている。

とにもかくにも、ネーさんたちを虜にした世良公則。

「あんたにぃぃあげぇええたぁああ」と、歌われるたびに

悶えてしまう女が、今でも地球上に存在する。(と、思う)



Artist : TWIST
Recommend Album : TWIST

TWIST is the first rock band in Japan with many hit songs of
Japanese chart.
Masanori Sera was a vocalist  of TWIST who got a lot of attention
from woman.

They gots a prizes of  the contests and that was it all started.
They released hit songs in succession since debuted in 1977,
and dissolved at the height of their popularity in 1981.

た〜と | 20:49 | - | - | - | - |
TEARDROPS(ティアドロップス)
TEARDROPS,山口フジオ,KAYA,青木真一
EMIミュージック・ジャパン

孤高のビートサウンド

伝説中の伝説バンド・村八分の元ギタリスト、山口富士夫率いる、TEARDROPS

87年に結成し、活動期間は、約4年。

メジャーデビュー作で、バンドとしては2枚目となる本作。

カッチョイイ。

それしかいいようがない。

村八分時代からの盟友・青木真一のサポートはもちろんのこと、

リズムセクションにはフールズのメンバーと、これでカッコよくならないわけがないが、

中でも、山口富士夫のギターは突出している。

明らかに日本人離れしたビートを刻む富士夫のギターのルーツは、

彼自身の複雑な生い立ちにあるといえる・・・

1949年、日本人の母とイギリスの黒人GIとの間に、いわゆる私生児として

生を受けた山口富士夫は、幼少時代を孤児院で過ごした


成長した富士夫は、ほとんど”売り飛ばされる”形で芸能界へ放り出され、

(昔はねぇ、芸能界の価値なんてサーカス同様に低かったのだよ)

グループ・サウンズのギタリストとして、デビューする

グループ解散後、柴田和志とともに”村八分”を結成。

ジャパニーズ・ロックの先駆けとなり、伝説的存在となった。

73年に村八分が解散した後、ソロ活動等を経て、TEARDROPSに至る。

・・・まるで、ロック版「あしたのジョー」のようである。

当時としては、珍しいくらいシャープなルックスとギターの音色。

それは、彼自身に流れる、ブラックの血と孤高の魂からなせる技。

ロックに選ばれた人間、山口富士夫。

初めてその映像を見た時は、ジミ・ヘンドリックスを見ているような錯覚に陥ってしまった。

極限までシンプルに、荒削りなむき出しの音のまま奏でられるロックサウンドは

今もって骨太なロックファンを虜にし、挑発し続ける。


Artist : TEARDROPS
Recommend Album : RAKUGAKI

FUJIO YAMAGUCHI who was actiing of legend group " MURA-HACHIBU"
as a guitarist  in 70's formed TEARDROPS in 1987, consisted of 4 members,
FUJIO YAMAGUCHI and SHINICHI AOKI on guiter(ex. MURA-HACHIBU)
and KAZU NAKAJIMA on bass and KOUHEI SASE on drums(ex. THE FOOLS).
Their sound was a simple and a roughness and based on the blues music
or R&B.

"RAKUGAKI" is their 1st works of major music scene is highly regarded
by many music critics and lovers of Japanese rock music.

た〜と | 17:51 | - | - | - | - |
TACO(タコ)


TACO/TACO  ピナコテカ◎PRL10
(※現在、AMAZONにて取扱なし)

極私的変態ユニット

伝説の人物、山崎春美率いるユニット、TACO

一言で言ってしまえば、変態

しかし、狂気とアートの狭間に浮かぶ、変態ぶりは凄まじく、

日本のアングラ・シーンに重要な1ページを残した。

そもそも、山崎春美とはどういう人間なのか?

TACOを解説するには、まず山崎春美という特殊な人物を知ることが必要。

山崎春美は、1958年、大阪生まれ。

文学的才能に恵まれ、高校生の頃から、ライターとして音楽誌に文章を寄稿。

伝説の自販機雑誌「HEAVEN」の創刊にも、携わる。

精神科医として、メディアに登場する香山リカを発掘し、

HEAVENのライターに起用したことでも有名だ。

その後、「宝島」でも活躍したが、その頃の物は、

ほとんど分裂症ともとれるキテレツな文面。

音楽活動は、浪人生時代に「ガセネタ」というバンドを組んだことから始まる。

TACOを結成したのは、1980年。「自身の名を世間に知らせるため」。

春美の私的目的のため、作られたユニットと言える。

83年、リリースされたファースト・アルバム「TACO」に参加したミュージシャンは、

坂本龍一、遠藤ミチロウ、工藤冬里、町田町蔵、篠田昌巳(じゃがたら)etc・・・

今なら考えられないほどの豪華な顔ぶれであります。

ジャケットのアートワークを花輪和一合田佐和子が手がけたことも話題を呼び、

「TACO」は、自主制作業界では異例の大ヒットとなった。

TACOが変態ユニットとして、大きくその名を刻んだのが、82年に行われた

「自殺未遂ライブ」

このライブで、春美は実際に手首をナイフで切り、救急車で搬送された

さらに、その時着用していた血まみれのTシャツを宝島誌上で

プレゼントしたとかしないとか。

こうした数々の変態ぶりにも関わらず、TACOは日本のアングラシーンを語る上で

なくてはならない存在となった。

実際に精神を病み、精神科に入院していたとも言われる山崎春美。

近年、音沙汰がないので、一時期死亡説まで流れたが、こいつはガセだったらしく、

本人は、いちおう健在である。

病的ともいえる音楽表現は、80年代というあの時代だからこその結晶。

「TACO」は、希少価値の高い名盤として、今日もコレクター垂涎の的である。



Artist : TACO
Recommend Album : TACO

TACO made by HARUMI YAMAZAKI  who is a writer also editor
for music magazine.
They released 1st album"TACO" in 1983, many famous musicians
cooperated to make this work and was great hit album for
Japanese independent scene.
They performed a gyg called "an attempted suicide" and HARUMI
cut his wrist  of this show.

Their albums are difficult to get today and collectors are looking for them.


た〜と | 17:26 | - | - | - | - |
近田春夫&ビブラストーン
近田春夫&ビブラストーン
インディペンデントレーベル

 
怒涛の“ワード”攻撃

近田春夫

数多くのアーティスト・プロデュースや、作詞・作曲、評論から文筆業まで

あらゆる分野で、才能を発揮する、言わずと知れた日本音楽界の重鎮。

過去から現在まで、彼がひたすら追求してきたのが、

「大衆音楽」。

ハルヲフォンビブラトーンズでは、歌謡曲とニューミュージックの融合を

試みた近田春夫が、ビブラストーンでなし得たのが、日本語ラップ。

いや〜、ともかくカッコイイ!

言葉が怒涛のごとく押し寄せ、しかもそれは、全て意味を持っている。

巷に溢れる、適当なセリフを音楽に乗せただけのエセラップとは、一線を画す。

言葉っていうのは、使い方次第でここまで人を煽るものなのかっていうのを

思い知らされますヨ。

常に時代の一歩先を行く、近田春夫は、

ビブラストーンによって、日本語ラップの先駆者となった。

ざくざく心に突き刺さる、怒涛のワード嵐。

一線を超えると、快感になる・・・・




Artist : CHIKADA HARUO & VIBRASTONE
Recommend Album : Vibra is Back

HARUO CHIKADA is an important person in Japanese music scene
who has various talents not only musical works also criticism or writing.
VIBRASTONE was Japanese rap group that  formed in 1988,
taken the lead by CHIKADA.

They agitated  us by mking full use of a radical words.
 They stopped acting in 1996, and immortalized themselves with the
works as  the greatest Japanese hip-hop group.
チェッカーズ

露呈したドロドロの確執

「♪仲間がバイクで死んだのさ〜♪」

の替え歌で知られる、“ギザギザハートの子守唄”(あれ、知らない?)

など、数多くのヒットチューンを持つチェッカーズ。

おそらく、日本のロック・バンド史上最悪なほどの仲違いをとげたバンド・・・

まだまだ、世の中がアイドル全盛期だった時代。

松田聖子と同じ福岡県久留米市出身のチェッカーズは、その真っ只中

1983年にデビューした。

結構な実力であるにも関わらず、時代の背景もあったせいか、

周囲はチェッカーズを「アイドル・バンド」に仕立て上げる。

で、これが大成功する。

ティーンエイジャーは、藤井フミヤの髪型(前髪を真中だけ垂らして、サイドを

短く刈り上げたスタイル。)を真似し、メンバーが衣装にしていた

チェックのズルズルしたシャツやパンツの類似品が、飛ぶように売れた。

前述のように、ド下手なアイドル・バンドではないので、

年月とともに当然、演奏の腕は上がりつづけたが、本人たちは

アイドル・バンドとして活動する意向を表明していた。(普通、逆だろ・・・?)

ヒット曲をバンバン飛ばすが、もともと実力も人気も抜きん出ていた

藤井フミヤのソロ活動が、増えるとともにメンバー間に軋轢が生じていく・・・

そうこうしているうちに、1992年の暮れに解散。

が、バンドのドロドロの確執劇を知るのは、もっと後になってから。

2004年に、ドラマー・“クロベエ”こと、徳永善也が舌癌のため、死去した。

彼を「送る会」が発起され、当然誰もがメンバー全員が揃うものだ、と思っていた。

しかし、クロベエの墓前に6人が並ぶことはなかった。

当時、マスコミにも大きく取り上げられたから、記憶している人も多いはず。

解散する前から、かなりの不仲だったというチェッカーズを完全に分裂させた

のが、メンバーの1人、高杢禎彦による自伝である。

彼自身も胃癌を患ったため、その闘病手記がメインかと思いきや、

バンド内のいざこざはもちろん、メンバー各自の人間性にまで言及しちまった。

こいつが引き金になり、元メンバーの関係は、修復不可能なものになった。

・・・まあ、ここに限らず、どのバンドでも色々あるはずだから、

事情は、わからなくもないけどさ、

解散したとは言え、かつて一緒に活動したメンバーが亡くなったんだぞ。

そんな時くらい、全員で墓前に花を供えるもんじゃないのか??

なんか、やりきれない話・・・



Artist : THE CHECKERS
Recommend Album : THE CHECKERS
                              SUPER BEST COLLECTION

THE CHECKERS is an idol band that acted from 83 to 92 years.
Not only their performance ability but also
their composition abilities were high.

A lot of tunes became a hit by the time they dissolved.
However, member's relations were very bad,
and the cause of dissolution was quarrels.
When one of the members died of cancer,
all members did not become complete in the funeral.
It was big news, and was taken up in the mass media in Japan.
突然段ボール
D
突然段ボール
Pヴァイン・レコード

アングラの帝王、30数年の軌跡

“コアなファン、捨てても欲しいタイアップ”(by 大槻ケンヂ)

って、言うように、ミュージシャンっていう職業を選んだからには

やっぱり、売れてナンボ。売れなかったら、意味がない。

どんな姑息な手段を使ってでも、売れたが勝ち。

それが、コマーシャルに走ったとか、魂を売ったとか、

やり方が小せえとか、言われても

本人たちからすれば、知ったこっちゃない。生活かかってんだから。

が、ごくまれに、そんなことには見向きもせず、

売れようっていう気がまったくない、としか思えない人たちがいます・・・

前に書いたあぶらだこも、その一例だが、今回はたぶん、もっとスゴイ。

1977年、蔦木栄一(vo)、俊二(g)の兄弟を中心に結成された

突然段ボール。

以後、30数年、ただの1度もメジャーに上がることはなく、

インディーズシーンのみで活動していく。

その存在は、アングラシーンを代表するバンドとして、日本のみならず

海外でも重要視されている。

ゆる〜い、ゆるっすぎるサウンドと、一見すると何の意味もなさそうな

アホらしい歌詞・・・なんだけど、

ハマると存外コワいくらい連鎖反応を起こすんだよ、これが。

89年には、「イカすバンド天国」(イカ天)に出演。

うるさ型の審査員たちを黙らせ、ベストコンセプト賞なるものまでもらってしまった。

その後もバンドの形態を変化させながら活動を続けてきたが、

'03年に中心人物であった栄一が肝硬変のため逝去する、という事態に見舞われる。

突段は俊二を中心に、活動を継続していくことになるが、

それまで、兄・栄一が担っていた歌詞制作を引き継ぐのは非常にキツかったらしい。

栄一の歌詞は、たいてい泥酔状態の時にできあがっていたので、

そのひらめき部分を再現するのは、相当苦労したようである。

苦節の後、完成した作品「D」。

これは、ホントにすんげえアルバム。

ともかく、完成度が高い。

メジャーで、人の顔色うかがうようなロックに飽き飽きしている人、是非どうぞ。

30年以上にわたり、誰に口出しさせることもなく、独自に切開いてきた軌跡。

その全てがこの1枚に凝縮されている・・・



Artist : TOTSUZEN DANBOWL
Recommend Album : D

TOTSUZEN DANBOWL is a band that represents
the underground scene in Japan.
It has kept acting of the independent music scene
for about 30 years from 1977.

Their peculiar mode of expressions are popular among
an overseas artists, and one of their album has been released
with saxophonist Lol Coxhill in Britain.

Vocalist's Eichi Tsutaki died in 2003.
Syunji Tsutaki, who of the younger brother of Eiichi is mainly
put and it acts now.

THE 東南西北
THE 東南西北,The 東西南北
ソニーレコード

 草食系男子バンド。

草食系男子だの肉食系女子だのという言葉が巷に出回っている昨今、

こういうワケのわからんジャンル分けは、大嫌いだが、草食という言葉が

あまりにもぴったりあてはまるTHE 東南西北。(とうなんしゃーぺいと読む)

85年にデビューし、美しいくも優しいメロディラインが耳に残る曲が特徴。

そう。すべての曲が優しい。

時は80年代。バブル絶頂期。

イケイケですべてにアグレッシブ、攻撃的に世の快楽をむさぼっていた当時の

日本人の耳には、そんな癒し系楽曲など受け入れられず、

さしたるブレイクもないまま、解散。の印象が強い。

皮肉にも彼らが解散した91年頃から、日本のバブルはがたがたと

音をたてて崩壊。

すっかり自信を失った日本人が、音楽に癒しを求めるようになったのも

ちょうどこの頃から。

もう少し長く活動していれば、東南西北の天下だったかもしれないのに、

いや〜。時代の流れっていうのは、ほんとに皮肉ですなあ・・・

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