宝島ひとり〜80年代〜90年代日本ロックバンド図鑑

主に80年代〜90年代に活躍した国内ロックバンドを紹介しています・・・
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This is a blog that introduces the rock bands of Japan from the 80's to the 90's.
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村八分
全てをぶっつぶす

音楽や舞踊のルーツを探ると、過酷な労働や多民族の虐待が元となって

誕生したケースが非常に多いことがわかる。

ロックもまた然り。白人に酷使されていたアメリカ南部の黒人が、日頃のうさを

晴らすため演奏したブルースが始まりと言われている。

そこからチャック・ベリーリトル・リチャードといったアーティストが

生まれ、エルビス・プレスリーというスーパースターを生むに至る。

アメリカで誕生したロックはやがてイギリスへ渡り、抑圧された

労働者階級の若者達が世の中に楯突くための格好の武器となった。

その反骨精神はやがて、ビートルズローリング・ストーンズといった

偉大なバンドを輩出し、パンクロックという新たなジャンルをも開拓する。

それじゃあ、日本はどうっだったのか。

戦中ならともかく、諸外国と違って平和と平等を掲げてきた日本じゃ、

反抗の種などないはず。若いもんなら、そう思うのも無理はなし。

日本におけるロックの歴史は浅い。米・英両国の流れを横目で見つつ、

ようやく第一波がきたのが1960年代後半。

時、第一次安保闘争期。

血の気の多い学生連中がゲバ棒片手に反対運動、その真っ只中。

学問だろうが、カルチャーだろうが、何でも反抗ツールになり得た時代。

グループサウンズ全盛でちょいとぬるま湯状態だった日本に、

ちょうどいい具合にロックが投げ込まれた。

裸のラリーズ頭脳警察が登場。

歌詞といえば、反体制。アンチ政治。反抗の刃として十分すぎるほどの

役割を果たす。

村八分が出てきたのもちょうどこの頃。

バンドはアメリカでぶらぶらと放浪生活を送っていた柴田和志と日米ハーフの

山口富士夫が出会ったことから始まる。

当時、ザ・ダイナマイツというグループサウンズバンドを解散したばかり

だった富士夫は柴田と意気投合(したかどうかは、わからん)。

関西を中心にライブ活動を展開していく。

柴田の美声とはいいがたい、がなるようなヴォーカル、富士夫の抜群の

ギターリフ、「かたわ」「めくら」「びっこ」「はらわたえぐり出す」

といった、今なら放送禁止間違いなしの過激フレーズがんがんの歌詞と

挑発的なサウンドは、瞬く間に若い世代の心を掴む。

公式のデビューはなく、音源はライブ盤のみ。

レーベル倒産から廃盤となったが、86年にCDとして再発。

以来、入手困難な状況が続く。

ライブ、ライブ、ライブを重ね、73年に解散。

79年に再結成するが、本格的な活動なきまま消滅する。

その間あったのは、柴田の精神的不調、富士夫のドラッグ中毒。

ロックの王道みたいな破滅的トラブルを抱えたバンドは

もはや伝説的存在である。

Charを魅了し、RCサクセションボ・ガンボスなど、多くの

アーティストに多大な影響を与えた村八分。

その攻撃的な音楽は21世紀をとうに超えた今でも、

恐ろしく新鮮で恐ろしく突き刺さる。

テレビで愛だの恋だの歌っている連中なんか、ちゃんちゃらおかしいですぜ。

攻撃と反抗を音に乗せ、軽くやってのけた村八分。

政治も闇も文化も、全てをぶっつぶす荒々しさがそこにある。

そのかっこよさ、是非しびれてほしい!


ま〜も | 23:40 | - | - | - | - |
ミラーズ
ミラーズ(MIRRORS)
CAPTAIN TRIP RECORDS キャプテン・トリップ・レコーズ

インディーズ・シーンの始祖

今年グラミー賞6部門にノミネートされたアデル。

アルバム「21」の売り上げは、昨年度トップ。全世界のチャートを荒らしまくり、

不振に喘ぐ音楽業界の救世主となった。

レディ・ガガのような奇抜さもなければ、ケイティ・ペリーのような

エンタメ性があるわけでもない。

しかも、デブである。

さしずめ、イギリスのマツコ・デラックスと言ったところか。

でも、アデルはそんなこと一向に気にしない。

他の多くの歌姫がダイエットや整形に勤しみ、見た目にこだわる中、

アデルは彼女が持って生まれた姿のまま、ステージに出る。

さらにスゴイのは、所属がインディーズ・レーベルだということ。

つまり、美人でもメジャー・レーベルでもない1アーティストが、

純粋に歌の上手さと楽曲の良さで勝負した結果、こうなったというわけだ。

正に快挙である。

いいものはいいと、ちゃんと受け入れる。

大衆は馬鹿じゃないっていう証拠だ。素晴らしいことですよ。

妙な小細工なしに、いいものを作ればいいんです。それだけですよ。

珍しいことにイギリスの音楽業界では、インディーズレーベルが

メジャーに対抗できる力を持っていたりする。

メジャーで活躍していた現役アーティストが、作品によって

インディーズレーベルに移籍するということも多々あるのが現実。

メジャーではなかなかやらせてもらえない自由な表現ができる

という利点があるからだろう。

日本におけるインディーズの歴史は浅く、発祥は1978年

フリクションの前身バンド、3/3の元ベーシスト・ヒゴヒロシ

「ゴジラ・レーベル」を創設したことに始まる。

ヒゴはここで、自身のバンド・ミラーズのシングル「衝撃X」をリリース。

日本初のインディーズレーベルがここに誕生した。

ミラーズは、リザード、フリクション、ミスター・カイトといった

先鋭的なバンド連中とともに、シリーズライブを開始。

これが、伝説の「東京ロッカーズ」として後々まで語られることになる。

ミラーズ自体の活動は、東京ロッカーズのオムニバスアルバムと

2枚のシングルを発表したのみで、80年に解散・・・・ということです。

短命だぜ。

さてさて、グラミー賞発表まであと少し。

アデルは何部門制するのか?

この快挙をきっかけに、日本でもインディーズシーンの盛り返しを

図ってほしいもんである。

だって、せっかく先人が作ったんだからさ・・・・

ま〜も | 13:52 | - | - | - | - |
マリーwithメドゥーサ
 
フェンスの向こうのアメリカ

今年もやってきました。福生・日米友好祭。

8月20日、21日な。

年に1回、真夏のこの時期だけあの重いゲートが開く。

ベースキャンプに堂々と入ることができる貴重な2日間。

米軍基地問題に悩まされている現地住民の方々には大変言いづらいことであるが、

オレは、ベースキャンプが好きだ。

なんでだろうな。やっぱ、アメリカが一番勢いづいていた頃に

青春時代を送ったからだろうな。

何もかもビッグで優れていて、何よりも自由に溢れて見えた。

そんなアメリカの空気を味わいたくて、キャンプの街へ行くわけよ。

福生だの横須賀だのってな。

特に福生はいいな。あの鉄条網の前に立つと思うわけよ。

フェンスの向こうにアメリカがある。

憧れたもんだ。

こんな風に基地好きになってしまったのは、若かりし頃に観た

ある映画がきっかけだった。

“Aサインデイズ”

監督・崔洋一、石橋陵、中川安奈主演により、89年に公開された

伝説のロック映画。

なぜ、これを観に行ったかっていうと、言わずもがな、

石橋陵の、いやARBの大ファンだったからだ。

ただそんだけの軽い気持ちで臨んだ割には、ものすげえ拾い物だった、この映画。

話は60年代、後に沖縄ハードロックの原型を作るミュージシャン

喜屋武幸雄(石橋陵)と、日本人の母とアメリカ人の父との間に生まれた

混血少女・マリー(中川安奈)との恋愛、バンドとして羽ばたくまでを描く、

崔監督の最高傑作。(と勝手に思い込んでいるがな)

真面目な話、“月はどっちに出ている”より、遥かに良かった。あのうらぶれた疾走感、

ロック・ムービーにぴったりだわな。

陵も、これ以上の役はないというぐらいのハマリ役だったしね。

この映画見て知ったんだな。日本にいながらにして、アメリカを味わえるのは

こういう場所なんだと。アメリカ大国主義時代に育った我々青少年が

恋い焦がれるのは当然の成り行きさ。

この映画のモデルになったのが、沖縄出身のロック・シンガー

喜屋武マリー。

70年代から80年代にかけて、沖縄にはハードロックムーブメントが

巻き起こっていて、その筆頭を走っていたのがマリー率いるメデューサだった。

耳の肥えた米兵相手に、ひたすらシャウトし続けてきたマリーの

迫力満点のヴォーカルが、本作で十分堪能できる。

本土で流行っていたニューミュージックシーンに参入させるため、

歌わせた作品もあるが、やっぱ物足りない。

マリーには、ダイナミックなシャウトが良く似合う。

「アメリカに認めれられれば本物」

っていう時代の片鱗を覗くことができるのも、また醍醐味。

そんなアメリカも今じゃ国債下落かよ。

落ちぶれたもんだ。“盛者必衰の理を現す”先進国神話崩壊の時代だな。

でも、まあ、横田には行く。青春の幻影には、勝てないのさ。

そんなわけで、

待ってろよ!!!福生!!!!
 
ま〜も | 14:36 | - | - | - | - |
水玉消防団

水玉消防団/満点に赤い花びら
1985年 筋肉美女

女とロック その2

今朝方、久し振りにあるアーティストの名前がテレビに映り、思わず釘づけ。

「ほ〜、エイミーの奴、またなんかやらかしてくれたんかい」

と、画面見たところ・・・・

「エイミー・ワインハウス、自宅で急逝」

って、死んだんかい!!!!!

いや〜、オドロキだ。

確かにここ最近は、音楽活動より、ちょいとイッちゃってる行動で

話題になっていたが、

まさか亡くなるとはなあ・・・・誠に遺憾である。

27歳。若いな。人間一番輝いているのは、これぐらいの年齢だ。

同時にそこから、がたがたと音を立てて才能が枯渇していく。

人の旬は短い。

ましてや、研ぎ澄まされた創造力を必要とするアーティストならなおさら。

その証拠に、数多くの才能あるミュージシャンが同年齢でこの世を去った。

ジャニス・ジョプリン、マーク・ボラン、ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリソン、

そして、カート・コパーンに尾崎豊も。

エイミーも、レディ・ガガみたいにパフォーマンスに徹するタイプだったら

良かったかもな。クリエイティブ寄りのアーティストほど、もがき苦しむからな。

ご冥福をお祈りする。

さて、エイミーの死を悼んで、今回もロック女論だ。

80年代、日本のパンク・シーンを駆け抜けた

知る人ぞ知る技巧派女性バンド、玉消防団。

81年、「乙女の祈りはダッ!ダッ!ダッ!」でアルバム・デビュー。

赤痢もそうだけど、オンナの発想っていうのは、どうしてこう

囚われがなく自由なんでしょーか。

それまで演奏どころか、楽器すら手にしたことのないOLさん達が

何を思ってこんなバンドを組んだのか謎だが、曲の構成、展開、

歌詞や歌い方、全てにおいて自由闊達である。

エエとこ見せようとか、世間にウケようとかそういうことは何も考えず、

ともかくやってみる。

自身の中に渦巻く創造力を表に出し、爆発させてこうなった感がありあり。

商業主義の現在、こういうチームが世に出ることができないのは

実に残念である。

音楽とか文化っていうのは、もっと自由であっていい。

小泉政権以降、経済優先で日本の文化は衰退の一途を辿っている。

もう、だめだよ、エイミー。

あの世で自由に楽しく歌っておくれ。

ま〜も | 11:15 | - | - | - | - |
ミュート・ビート

ニッポン・ダブ元年

ダブ。楽曲(レゲエ)のリズムをより強調する様にミキシングし、

エコーやリバーブなどのの過剰なエフェクトを施し、

加工することによってまったく別の作品に作り変えること。

(バーイ ウィキペディア)

リミックスの元祖ともいえる手法である。

ジャマイカの音楽エンジニアが、偶然発明したこの手法は、その後姿を変えながら

やがて欧米諸国を中心に拡まっていった。

スタジオ録音で作品を創り上げる時のみ起用されていたこの手法を

世界で初めてライブの生演奏で採り上げた国は、イギリスと日本。

そして、日本でこれを行ったバンドが、ミュート・ビートである。

1982年、宮崎にて結成。

トランペッターのこだま和文を中心に、屋敷豪太、朝本浩文、増井明人、松永孝義

という、これまた考えられないぐらい豪華なメンバーで構成されていた。

アメリカで評価され、日本でのメジャーデビューは1986年。

アルバム“フラワー”を皮切りに、数枚をリリースするが、惜しくも1989年に解散した。

(いや、ホント惜しい・・・)

その後、個々はソロで活躍。

屋敷豪太は、シンプリー・レッドのドラマーとして、また様々な海外アーティストの

作品に携わる国際的なミュージシャンとして、英国を中心に活躍。

朝本浩文は、UAのプロデューサーとして一躍名を馳せたことは言うまでもない。

遠く離れた、日本とは真逆の環境にあるジャマイカの音楽を、

なぜここまで、繊細に精密に構築・再現できたのか不思議なくらい、

文句のつけようがない、サウンド。素晴らしいの一言。

日本のダブ第一人者。その音世界に、是非とも酔いしれていただきたい。



Artist : MUTE BEAT
Recommend Album : STILL ECHO

MUTE BEAT is one of the world's foremost dub music groups.
They formed in 1982 and the members are KAZUFUMI KODAMA,
GOTA YASHIKI, HIROFUMI ASAMOTO, AKIHITO MATSUI,TAKAYOSHI MATSUNAGA
are famousu musicians of worlds's music scene.
They debuted with 1st album " Flower" in 1986.
They were praised highly  in not only Japan but also foreign countries.
After they released wonderful albums, dissolved in 1989.

ま〜も | 22:42 | - | - | - | - |
ムーンライダーズ
鈴木慶一とムーンライダーズ
DREAM MACHINE

インテリ・ロックの最高峰

「ロックは不良のもの」

という、イメージはどうしても拭えないし、元来そういうものであることは確か。

みんながみんな、アナーキーとか横浜銀蝿じゃないけどな!

じゃあ、頭のいい人ってロックは聴かないのぉ?

って、そんなことはありません。

インテリさんは、ちゃんと選んで聴いてるもんッスよ。

むしろ、インテリさんの方が怖いの。

そういう人に限って、酒もたばこも小学生デビュー。

要領よく夜遊びして、案外初体験も早かったりする。

回転が速く、要領がいいから、親や教師に見つかることはなし。

で、中学くらいには、もうすでに色々やり尽くしちゃって、

あきあきしちゃってるから、同世代が「うぉー!不良だぁ!」って

聴いている音楽なんか、ちゃんちゃらおかしくって聴けない。

そういう知力・精神力に余裕のある人たちが認めるバンド

それが、ムーンライダーズ。

76年に、鈴木慶一(宮崎美子のCMでおなじみ♪今の君はピカピカに光って〜♪

を作曲した人って言えばわかりやすい)

を中心に結成されたムーンライダーズは、

元々は、はちみつぱい解散後、鈴木慶一のソロ・アルバム「火の玉ボーイ」(大名盤)

に、参加していたミュージシャンたちであった。

メンバーは、以下の通り

鈴木慶一 (ヴォーカル、ギター)
岡田 徹 (キーボード・コーラス)
武川雅寛 (ヴァイオリン・トランペット・コーラス)
かしぶち哲郎 (ドラムス・コーラス)
鈴木博文 (ベース・ギター・コーラス)
白井良明 (ギター・シタール・ギタギドラ・コーラス)

・・・・すんげえ。現在日本のミュージックシーンに欠かすことができない

大御所ミュージシャンの集まり。

相当我が強そうで、ぶつかりそうに思えるが、このメンバーで

30年以上やっている・・・

各自が、本体活動の他、ソロ活動、様々なアーティストのプロデュース、

楽曲提供、スタジオミュージシャンなどの膨大な音楽業をこなす。

様々な音楽性の変遷を遂げながら、常に知的かつ探究心に満ちた

サウンドを提供し続ける、ムーンライダーズ。

がちゃがちゃした、ガキんちょロックにあきあきした先鋭的なご仁へ。

あなたの知的好奇心を満足させることは、間違いなし。

ムーンライダーズ公式HP

http://www.moonriders.net/



Aritist : MOONRIDERS
Recommend Album : HINOTMA BOY

MOONRIDERS is one of the oldest rock band in Japan now.
Six each one members are taking an active part
as an important musician in the music business in Japan.

Their Debut album “HINOTMA BOY"; released in 1976
is known as a masterpiece of the rock albums in Japan.

The feature of their music is a variegated sound and intellectual lyrics.
Their music influenced a lot of musicians, writer, and cartoonist.

MOONRIDERS is acting now by the same member.
THEMODS
THE MODS
エピックレコードジャパン

 男ロックのカリスマ

♪激しい雨がオレを洗う、激しい風がオレを運ぶ、激しいビートがオレに叫ぶ”

80年代初頭、1本の衝撃的なCMが放映された。

画面に向かってニラミをきかせる不良そうなアニキたちと、激しいサウンド。

子供心に思わず、

“カッコイイ・・・”

THE MODS。日立マクセル・カセットテープのCMのテーマソングとなった

“激しい雨が”と共に一躍その名が知れ渡った。

ヴォーカルの森山達也を中心に福岡で結成され、81年メジャーデビューとなる。

元々地元福岡では、有名なライブバンドであったが、拠点を関東に移してからも

ひたすらライブ活動を続け、着々と動員数を増やしてきた。

メジャーデビュー後、日比谷野音で行ったライブの際、記録的集中豪雨に見舞われたが

大雨の中、最後までステージから降りず、ライブを完行、観客も誰一人帰らなかった・・

という「雨の野音伝説」は、あまりにも有名。

MODSのファンは、圧倒的に男性が多い。

学生時代、大学近くのガソリンスタンドのバイト君は、全員MODSファンだった。

中には、森山が使っているギターと同じメーカーの同じ製品を探して買い求める

なんつう輩までいる始末。

何がこんなに男心を掴むのか?

生き様でしょうなあ。

デビューから一貫して、自分たちの音楽をブレることなく続ける姿勢。

時代に翻弄されることのない意志の強さ。

野音の伝説も含めて、やることが全て“男”だ。

骨太でエッジのきいたサウンドはまさにMODSそのもの。

MODSとともに年齢を重ねて、ライブに通いつづけるファンは山ほどいる。

これからも王道を突っ走ってくれることだろう。




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